和解

望んできたはずのこの地球にも嫌気がさすことがある。

 

時には諦めも必要だ。

諦めとはこの世界に呆れ嘆き自死を選ぶことではなく、

誰とも関わりを持たずに生きることでもなく、

ありとあらゆる人間がごった返す世界には

何とも理解しがたい許容しがたいことがあるということを

まざまざと見せつけられてもなお、自分を生ききるということだ。

 

ごっこ遊びはおままごとのようにはいかないリアルさで迫ってくる。

迫ってくると思えば逃げたくなる。

 

逃げることを良しとしない人がいるかもしれないが、

逃げることを選択することは時にベストだ。

「逃げ」という言葉に弱虫という意味合いが含まれるのなら表現を変えればいい。

逃げるのではない「自分を生かす」のだ。

 

どうやったら最大限に自分を生かせるだろうか?

生かし生かされ生きる道とはどこにあるのだろうか?

 

………………

 

あんなことをしてしまう自分の中にある身勝手さが嫌い!?

あんなことを言ってしまう自分の中にある攻撃性が苦手!?

あんなことを感じてしまう自分の中にある冷酷さが許せない!?

あんなこともできない自分の中にある不甲斐なさが認められない!?

 

自分の中にあるたくさんの自分。

気に入っていたり気に入らなかったりする様々な要素。

 

あなたがどうしても許せない自分自身の姿とは何だろう?

 

まずは自分の中にあるどんな自分もどんな要素も排除することなく

自分自身で受け入れてあげることが大切だ。

他でもない自分のことなのだからきっとできる。

 

自分の中にある気に食わない自分を認めたら、

他人を合わせ鏡として、

自分自身から排除され認めてもらえない部分を炙りださなくても済むのだから。

 

受け入れ難い自分を認めて愛す。

自分自身との和解が何よりも大切なのだと思う。今日もまた。