マイルール

自らに課しているマイルール。

他者に課しているマイルール。

「決して〇〇をやってはいけない。」

「必ず〇〇しなければいけない。」など。

どれくらいあなたはマイルールを持っていますか?

 

マイルールの鎖でグルグル巻きにしていては、

大切なあなたが窒息してしまいます。

 

平然と破る他者が現れたらどうでしょうか?

猛烈な怒りと共に、

「ルールを破るな!それはルール違反だからな!!」と糾弾したくはなりませんか?

 

しかし相手はあなたのルールの中で生きてはいません。

マイルールは相手には通用せず押し付けることもできないのです。

何せあなたが決めたあなたの世界にだけ通用するものだからです。

 

「常識」という名の認識も

「普通」という名の定義も

曖昧でありあってないようなものです。

 

マイルールに雁字搦めになるとあなたは窮屈な世界の住人になります。

「何としてでも守らねば!」

「何としてでも守らせねば!」

 

守れなかった時は不甲斐ない自分を責め立て、

守ってくれなかった相手には罰を与えようとするかもしれませんね。

 

果たしてマイルールは何のために必要なのでしょうか?

マイルールがないと自分自身が暴走しそうですか?

この世がおかしくなりそうで不安になりますか?

 

その人が発したものは結局のところ本人に返ってきます。

(今世中に返ってくるとは限らず、来世に持ち越される可能性も大あり。)

 

あなたがマイルールを決めて規制をかけなくても、

何も心配する必要はありません。

宇宙という大元がそこはしっかり取り仕切ってくれます。

あなたの仕事ではありません。

任せるしかありません。

その役から降りても大丈夫なのです。

 

以前決めたマイルールは昔のもの。

今のあなたには似合わないかもしれません。

今の時代には不釣り合いかもしれません。

 

ぎっちぎっちのマイルールが100カ条もあったらさあたいへん。

今の自分が「これっだ☆」と思えるものを

いつも自由に選べるように、

自分自身を好きにさせてあげましょう。

 

今まで見たこのない波に乗るあなたを、

あなた自身が面白がるのは楽しいものです。

 

今起こった波に乗るか否かは、

あなたの瞬間のキラメキの判断に任せてみましょう。

 

…………

 

マイルールを自らに課し、相手にも厳守させるには

膨大なエネルギーを費やします。

 

教育の観点において教え導くことも大切ですが、

その教えが絶対ではありません。

 

ひとつの在り方くらいに捉えておいた方が、

互いに息がしやすいのかもしれません。